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福岡の浦島太郎伝説

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クレイジージャーニー

ダウンタウンの松本人志、バナナマンの設楽統、小池栄子によるテレビ番組のクレイジージャーニー。
毎回ぶっ飛んだ人物に同行して、世界を旅して強烈な映像を見せてくれる。
個人的に好きなのは、奇界遺産の佐藤健寿だ。
世界の廃墟の写真やその背景を巡っていく。佐藤さん独特のクールさに惹かれているのかもしれない。

今回、気になったのは、物語を旅する探検家 高橋大輔。
いろんな架空とされていた物語の正体のルーツを旅する高橋さんだが、今回は浦島太郎の正体に迫っていた。

浦島太郎のルーツ探索

浦島太郎は明治時代「お伽草子」の中の「日本昔噺」に最初、登場したと言われている。
高橋さんは、浦島太郎の物語が作られた背景に、実在した人物がいるのかもしれないという仮説で探検が始まっていくのだ。

昔々ある所にで始まる物語の「ある所」をまず迫っていく。
すると「浦島太郎の伝承地」は全国に150ヶ所あるのがわかった。
桃太郎だったら岡山と思いつく人が多いと思うが、浦島太郎は?と聞かれるとどこ?となる。

各地域、浦島太郎に関連する地名や建物があったりする。
気になったのは、福岡にも印があったことだ。聞いたことがない…。
調べると志賀島だった。二見岩に志賀島独自の浦島太郎伝説があるんだとか。

福岡の浦島太郎伝説

いろいろ調べたが、とくに資料はなかった。
以前、福岡市のサイトに掲載されていた記事を引用した文章があったが、元となる福岡市のサイトのページはなくなっていた。下記、引用文。

昔、志賀島では南側の志賀地区を「表」と表現し、礎鹿(しか)と呼び、北側の勝馬地区を「裏」と表現し、浦島(裏島)と呼んでいたそうです。 その浦島に太郎という働き者の若者がおり、村長の一人娘姫子と夫婦になるだろうとうわさされていた。ある夏、太郎が岩場で魚釣りをしていると、 激流に打ちのめされ傷だらけの亀を見つけ、薬草を塗り海に放したところ大あらしになり、太郎は大波にのまれ、翌朝、浜に打ち上げられたそうです。 村長は村人と看病したが「助けた亀で竜宮に行った」などと口走り、よくなる様子がありませんでした。 村長は太郎の空言を現実に作ろうと、二見岩を美しく染め、そばの料理屋を竜宮城に変え、姫子を乙姫にして、太郎を亀に乗せて行かせた。 乙姫を見た太郎は驚きで正気に戻り、二人はめでたく夫婦に・・・』という話で、同岩で、二人が愛を誓い合ったといわれています。

二見岩の周辺には何も看板はない。

しかのしま資料館へ行ってみる。
金印のことや昔の暮らしの道具が展示されていた。

浦島太郎に関する資料はなかったが、唯一、浦島太郎と繋がる文章を発見。

・志賀島は古来「龍の都」と呼ばれている。
・龍をシンボルとする「龍神族」(海の豪族)の根拠地であったということである。
・伝説「龍宮」は志賀島であるという説もうなずかれる。

そう、龍宮である。
しかし、志賀島を龍宮城というのは無理がある。

個人的に調べた結果、ここで終わった。

浦島太郎のはじまり

さて、高橋さんは「お伽草子」より前、奈良時代の「日本書紀」に浦島太郎のことが書かれていたのを発見する。

“秋七月に丹波国の余社郡の筒川のひと
瑞江の浦嶋子が舟に乗って釣りをしていると大亀がかかった
たちまち亀は乙女となり浦嶋子は妻にした
2人は海に入り蓬莱山へ行き仙人達を訪ねた”

本当だ。浦島太郎の物語に似ている。
さらに「478年に浦嶋子がいた」という記載もあるようだ。
場所は、京都府丹後半島。

そして、丹後半島に825年に建立された浦嶋神社があり、浦嶋子が祀られている。
この神社の宝物資料室に室町時代初期の絵巻物「浦嶋明神縁起」があり、浦島伝説を描いた最古の絵と言われてる。
絵巻には、浦嶋子や竜宮城のような建物、玉手箱を開けている様子などが描かれていた。

丹後半島には、浦嶋子が竜宮城より龍穴から帰ってきたと言われる穴がある。
龍宮に通ずる穴と看板もある。

高橋さんは、中国の歴史書「魏志倭人伝」にも卑弥呼とならび、嶋子も出てくるのを見つける。
奈良時代「丹後国風土記」にも浦嶋子が記載されていた。

浦島太郎の見解

高橋さんの調べた結果の推測を記載すると、

昔々 → 弥生時代〜古墳時代
ある所に → 京都 丹後半島
浦島太郎 → 浦嶋子
亀 → アオウミガメ
龍宮城 → 秦の始皇帝が別荘として建てた中国の碣石宮
玉手箱 → 化粧道具を入れる箱(神様に化ける → 神様に変化する)

浦嶋子が中国と交易していた人物で、丹後から中国へ水晶を、中国から丹後へガラス・鉄を運んでいた。

さらに、浦嶋子の子孫に会い、家系図を見せてもらう。
その家系図には、父親が日下部曽却善次(浦島太郎)で、龍宮城へ行った長男が浦嶋子だった。

高橋版 新・浦島太郎

テレビ番組では最後に高橋版 新・浦島太郎の物語で締めくくった。

昔々ある所に…というか2世紀〜5世紀頃 丹後半島に浦嶋子という船乗りがおりました
浦嶋子はカメを助けることもなくカメに案内されることもなく自力で海を渡りある場所に辿り着きました
そこは龍宮城…ではなく秦の始皇帝が別荘として建てた碣石宮という海上宮殿群でした
ここで玉手箱は渡されませんでしたが代わりに鉄やガラスの品々が手渡されました
こうして浦嶋子が再び丹後に戻って来ると故郷が何十年何百年経った…と言うこともなく
その持ち帰った品々や技術は人々に大いに喜ばれました
異国を行き来する浦嶋子の勇姿は多くの人の尊敬を集め死後 神様として崇められる存在になりました
丹後のために色々頑張った浦嶋子
しかしなぜか後世に伝わったのはそのお父さんの名前「浦島太郎」だったとさ
めでたしめでたし

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